不動産の売買仲介を想像して下さい。売主は1円でも高く売りたい。買主は1円でも安く買いたいのです。この利益相反する取引を不動産屋はどうやって纏めてるいるのでしょうか?
例えば8,000万円で買いたい買主と1億円で売りたい売主の商談を纏めるような場面です。
たまたま価格の折り合いがついたからでしょうか?違います。そこには確固たるノウハウと理論が存在します。そのノウハウと理論、気になりますよね?
今回の記事ではその秘密を余すところなくつまびらかにし、売りたい人、買いたい人、それぞれの相手方に対して不動産屋がどの様に働きかけているかを明らかにします。
この記事を読めば不動産取引における価格交渉の仕組みを理解することがき、交渉のハンドルを握れるようになるでしょう。また、新人の不動産営業マンや今まさに思うように売り上げが上がっていない不動産営業マンにとっても一助になるはずです。
これは僕が長年にわたり不動産売買の世界の一戦で積み上げてきた実績に基づくノウハウをお伝えするものです。
約束してください。悪用厳禁です。
では、行ってみましょう!
目次
この記事の信頼性
この記事はこんな人が書いています。
- 業界大手の財閥系不動産売買仲介会社で17年間に亘って仲介業務を経験
- 現在まで300組以上の売買仲介案件を成約
- 1級ファイナンシャルプランナー
- CFP認定者
- 宅地建物取引士
※この記事執筆時点の情報です。
値幅こそ交渉の最重要ポイント
交渉成立のカギは値幅の形成です。
例えば、買主が出来れば8,000万円で買いたいが8,500万円までは仕方ないと思っており、売主は9,500万円で売りたいが9,000万円までの値引きは仕方ないと思っている場合、この交渉は纏まりません。
一方、買主が出来れば8,500万円で買いたいが9,500万円までは仕方ないと思っており、売主は9,500万円で売りたいが9,000万円までの値引きは仕方ないと思っている場合、この交渉は9,000万円~9,500万円の間で不動産屋の好きな金額で纏めることができます。
買主も売主も間に不動産屋が介在しているため、直接的に相手方の腹の内を探ることはできません。つまり、互いに纏まる金額がいくらなのか答えを知りません。
だから不動産屋が値幅をつくり商談成立に導くのです。
売主の値幅の作り方
売主の値幅をつくるタイミングは媒介契約を締結するときです。媒介契約とは売主から不動産会社に対して販売活動を委託する契約のことです。
媒介契約には物件の販売価格を明記する必要があり、販売価格は不動産屋が提案する査定報告書を参考に売主が決定します。この査定報告書がポイントです。
4段階の査定価格提案
査定報告書では下記の4段階の価格を提案します。
- 業者買取価格
- 相場適正価格
- 売出提案価格
- 売出上限価格
業者買取価格とはプロの不動産業者が転売目的で物件を買い取る場合の価格です。つまり、絶対に売れる価格です。
相場適正価格は、近隣の取引相場から一般個人向けに販売した場合に成約が予想される固めの価格です。
売出提案価格は、買主からの指値を想定した相場適正価格よりも5%~10%高い価格で、売出スタートする価格です。
売出上限価格は、相場から推測される価格設定できる上限価格です。概ね相場適正価格の15%~20%程度を設定します。
売れ残る恐怖の刷り込み
売主は誰でも高く売りたいわけですから、上記の4段階の査定価格をただ提示しただけなら、100%の売主が売出上限価格を販売開始の価格として選ぶでしょう。もちろん個別の事情や売主の性格によりやむなく売出上限価格から販売開始するケースもありますが、通常はそうはさせません。
ここで重要なポイントが成約までにかかる時間です。これを売主へしっかりと説明します。具体的には時間がかかることで想定される下記のリスクを説明します。
- 売出上限価格は成約までに相当の時間を要する可能性が高いこと
- 成約までに時間を要すると「売れない物件」のイメージがついてしまうこと
- 類似条件の物件の当て馬にされ、他の物件を成約する手助けになってしまうこと
- 「適正相場価格」であれば短期間で売り抜けることができること
- 最初に市場に公開する価格の印象が買主にとって最も重要であり、販売開始価格を見誤ると本来捕まえられるはずだった買主を永久的に逃してしまう可能性があること
これを理路整然と説明するとたいていの売主は「売出提案価格」からスタートすることを選択します。要するに売れ残ることの恐怖を売主の頭に刷り込みます。
価格変更予定を最初に決める
不動産売却において一番のNGは相場を後追いしてちまちまと値下げをして、結局成約できないという状況です。
そのような事態を避けるため、売主と販売開始前に予め価格変更の予定を決めてしまいます。一定期間販売しても反響が乏しい場合や具体的な購入の話が入ってこない場合は、「いつまでにいくら下げる」ということをこちらから提案して了承してもらいます。
例えば、9,500万円で販売開始した場合、1か月後には9,000万円、2か月後には8,500万円に変更のような感じです。
ここでのポイントは売主に対して、ちまちま価格変更をしても悪影響であり、インパクトのある価格変更でないと無意味であることをしっかり説明することです。9,500万円の物件を9,400万円に価格変更しても意味はありません。
売れ残る恐怖の刷り込みと価格変更予定を予め決めておくことで、買主から指値がきても飲まざるえなくなります。早く売れた方がいいのは売主も不動産屋も同じですから。
なお、価格査定について過去に記事にしていますのでご興味あれば合わせてご一読ください。
買主の値幅の作り方
買主の値幅をつくるチャンスは買付をとる時です。買付とは売主に対してこういう条件で買いたいという意思を示す書面のことです。
なお、価格の値引きを売主へ交渉することを「指値」(さしね)と言います。
印象操作と買いそびれの恐怖の刷り込み
買主に対してはこの交渉がどれだけ難易度が高いということを、買主の味方を演じながら認識させることが重要となります。やる気のない態度と取られてはいけませんので、あくまで交渉には誠意をもって一生懸命やりますという姿勢を崩してはいけません。
買付取得の際に買主へは下記の印象操作と買いそびれの恐怖を刷り込みします。
- 引き合いの多い物件であること
- 過去に〇〇万円の申込を断っている経緯があること(嘘はだめです)
- 売主は価格交渉には応じない方針であること(嘘はだめです)
- 指値する以上買いそびれる可能性があること
- あまりに大きな指値は売主の心象を損ねてしまい、本来とおるはずの交渉幅が通らなくなる可能性が高い
交渉幅をもらっておく
買主の了承のもと、買主の希望する指値よりも少し低い購入希望価格を申し入れ金額とし、買主希望の指値と売主に対する購入希望価格との間の価格について決裁権をもらってしまう方法があります。
具体例で言うと、買主が9,500万円で買いたいとの希望であれば、買付に記載する金額を9,000万円として500万円分の幅を作り、その幅については不動産屋の裁量で交渉させてもらうような方法です。
あるいは、買主との間で一定の信頼関係が出来ている場合は、力の限り買主の希望価格で纏めるように交渉してくるので、相手方の譲歩を引き出しながら交渉したいため、実際にいくらまでなら価格が上がっても購入する意思があるかを教えて欲しいと買主にお願いしてしまいます。
買主の本当のところを聞いてしまうというわけです。
ただし、これには少々注意が必要です。買主によっては「駆け引きしようとしている」と思われて信用を失う可能性があります。あくまで、買主との信頼関係のうえで聞き取りするかジャッジすべきでしょう。これには、正直なところ経験による勘が必要です。
なお、指値のコツと買付の優先順位について過去に記事にしていますので、ご興味あれば合わせてご一読ください。
交渉を纏めるコツ6選
相手を知る
孫子の兵法にもあるように、敵を知ることは非常に重要です。売主が返済や心理的負担で売り急いでいる場合や、買主がどうしてもその物件に拘る理由など、売主と買主の立場や状況、心理を知ることが交渉において非常に重要なファクターとなります。
弱い方を攻めるのが定石
言葉は悪いですが、交渉を纏めるのであれば、売主と買主を良く知り、攻め込める余地のある弱い方を攻め落とすべきです。これは性格的な強弱という意味でなく、相手の状況や事情により価格交渉を飲まざるえない方を攻めるべきという意味です。
回答を焦らす
交渉には演出も必要です。簡単に回答を出すと「実はもっと交渉できたのではないか?」という猜疑心を生んでしまいます。また、困難な交渉を瀬戸際で行っているという印象付けも、その後の価格条件を相手に飲ませる助けとなります。
価格以外の条件も武器にする
価格ばかりに目が行きがちですが、条件交渉とは価格以外の要因も含みます。例えば、引き渡し時期が早いだとか、銀行融資を使わずに現金決済できるため、融資が不調となった場合の白紙解約の特約が要らないとかです。これらは、価格が相手方の希望に及ばずとも両者の溝を補う材料となります。価格以外の条件も交渉に使える材料は全て利用します。
相手が折れた瞬間に「ありがとうございます」
売主が指値を飲んだ瞬間、買主が購入金額を上げた瞬間、すかさず「ありがとうございます」と言って頭を下げます。心理的に断れなくします。人は誰かのためにやったとか、仕方なく応じたとか、決断の理由が欲しいのです。不動産屋がそこまで許しを請うのだから仕方なく了承してやったと思わせます。
悪材料は必ず交渉前に明らかにする
交渉前に悪い条件は必ず出し切るようにします。条件合意し後に物件の瑕疵(欠陥)や重大な告知事項が出てくると、まとめた交渉は一瞬で崩れてしまいます。最初に悪い材料を明らかにし、その条件を考慮した価格交渉をします。逆に言えば悪い材料も価格を理由に全て飲み込ませてしまうということです。
まとめ
価格の幅を作る意識がとても重要です。売主や買主から言われたことを伝書鳩のように伝えるだけでは交渉は決して纏まりません。常に両者のギャップに着目すべきです。
販売価格提案時に売主との間で価格幅を作り、買主の買付申込みのときに価格幅を作る。
そして相手の事情や状況を注意深く観察し、攻め入る隙を見逃さないことです。
今回もここまで読んで下さりありがとうございました。